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HOME > 海外移住資料館だより > 第24号 巻頭インタビュー

巻頭インタビュー  大城クラウディアさん

遠いから懐かしい 唄を歌いながら日本に近づきたい

2011年10月14日に「第5回世界のウチナーンチュ大会」の連携イベントとして ミュージシャンの宮沢和史さんが総合演出を務めた “NIPPONIA〜世界に響(とよ)むニッポンのうた、ウチナーのうた”で、 沖縄にルーツを持つDIAMANTESのアルベルト城間さん(ペルー)など 日系アーティスト6組の一人として公演を行った日系アルゼンチン人2世の歌手、 大城クラウディアさんにお話を伺いました。

アルゼンチンでも家の中は沖縄

 お母さんは小学校を卒業してから、お父さんは赤ちゃんのときに移住。ともに沖縄出身の二人はアルゼンチンで出会い結婚しました。
  私が子どものとき、おばあちゃんとお母さんはうちなーぐち(沖縄弁)で話していました。全部は聞き取れないけど、私には、分かりやすいうちなーぐちと日本語(標準語)を混ぜて話してくれていましたね。今は東京にいるので、たまに沖縄に行くと昔おばあちゃんが話していた言葉が聞けて、なつかしいなと思ったりします。幼稚園と小学校は日系人の学校「日亜学院」に行きました。午前中はスペイン語で午後は日本語での授業でした。


左からいとこ、祖父、祖母たち、母。
抱かれているのが私

 
県人会のコンクールに出場していたころ

  住んでいたのはブエノスアイレスですが、地方の日本人会や県人会が主催する、カラオケ大会や歌のコンクールが行われると出かけていました。ちびっこの部や高校生までの部、15歳以上の部、歌謡曲あり民謡あり、いろんな大会がありました。母も大人のコンクールで歌っていましたので、私も3〜4歳のころからもう練習していました。初めて出場したのは5歳のとき。地方の日本人会主催の「ちびっこ歌祭り」でした。県人会のコンクールは市町村対抗で、民謡部門で歌っていましたね。
  家にはおじいちゃんが弾いていた三線(さんしん)が置いてあったり、沖縄民謡が流れていたり、沖縄舞踊を踊ったり、うちなーぐちが話されていたり、アルゼンチンにいても家の中は沖縄でした。

高校生で沖縄バンドを結成

  初めて沖縄に来たのは10歳のとき。祖母と母が通っていた南城市(旧大里村)の小学校に3学期の間だけ体験入学しました。「地球の反対側から来ているのになんで同じ顔をしているの?」と同じクラスになった子たちに聞かれたのですが、お互いまだ子どもでしたので、相手は移民のことは分からず、私も片言の日本語で上手く説明することができませんでした。
  高校生の時、95年の「第2回世界のウチナーンチュ大会」のジュニアサミットに参加しました。日本から歌を持ち帰り、アルゼンチンで沖縄バンドをやり始めました。メンバーは全員沖縄県系日系人。学校の友達もいましたが、みんな歳もバラバラで、沖縄県人会の知り合いからメンバーを紹介してもらったりしました。そのバンドで「花」や「安里屋(あさどや)ユンタ」、「島唄」などを演奏していました。

「Shima Uta(島唄)」が 日本で活動するきっかけに…

 アルゼンチンで、コメディアンで有名だったアルフレッド・カセーロは大の日本好きで、ある日、日本人会館にある日本食料理屋でご飯を食べていたときに流れていた「島唄」を偶然聴き、すぐに気に入ったようです。レコーディングのためコーラスを探していると日本人会に問い合わせがあり、私のことが紹介されて、プロデューサーから家に電話がかかってきました。
  発売された2001年はアルゼンチンの経済が崩壊したときでした。今でも忘れられませんが、「Shima Uta」のプロモーションビデオの撮影をしていたときに「銀行からお金が引き出せなくなる!」という噂が飛び交い、町は混乱状態に。発売は中止になってしまい、それから出るのか出ないのか分からない状態が続きました。結局2001年の暮れに発売できたのですが、それが大ヒットしていつの間にかブームになり、ついには2002年の日韓ワールドカップでアルゼンチン代表チームの応援ソングになっていました。なぜスペイン語の歌詞がない日本語の曲がヒットしたのか理由はよく分かりませんが、当時アニメや寿司など日本文化のブームが起こっていたので、その当時の社会の状況とマッチしたのかもしれません。

お客さんから学んだ民謡修行

 アルゼンチンでの「Shima Uta」のブームを知った宮沢和史さんがアルフレッド・カセーロに会いに来ました。それがきっかけで、2002年暮れのNHK紅白歌合戦に出場することになり、私はコーラスで、宮沢さんと、カセーロとともに「島唄」を歌いました。その後、2003年6月から宮沢さんのヨーロッパや南米の海外ツアーにコーラスとして参加することになり、それが宮沢さんのバンドGANGA ZUMBA(ガンガ ズンバ)の参加につながりました。そんなときに宮沢さんから「クラウディアは、アルゼンチン生まれでもルーツは沖縄だから沖縄民謡をやってみない?」という提案がありました。それで、2005年12月から2006年の3月末まで、沖縄でコザ(沖縄市)の歌手、我如古(がねこ)より子さんの店「姫」で民謡の修行をしました。沖縄の民謡の歌手はだいたい、ステージがあってお酒が飲める民謡酒場を持っているんです。毎晩ステージがあるのですが、三線も、ほとんど何も弾けない状態で、着いた初日からステージに上がっていました。それでも毎日課題曲を練習していくうちにレパートリーも増えていきました。お客さんからのリクエストは聴いたこともない曲だったりするんですけど、沖縄民謡はある曲をベースに作られている似た曲がたくさんあるんです。いろんな曲を聴いているうちに、初めて聴いた曲でも次の流れが分かってくるようになりました。お客さんは地元の人たちで、沖縄の人は普通に民謡を歌ったり三線を弾いたりするので、褒めてくれたり、ダメだしがあったり、お客さんから学ぶことが多かったです。


民謡酒場「姫」のステージで毎晩演奏していた

遠く離れているからこそ見えてくる


  今回、ソロになって3枚目のアルバムはアルゼンチンで作りました。沖縄民謡をベースにした作品で、楽器は三線、島太鼓やエイサーで使う大太鼓などすべて沖縄のものを使っています。録音技師はアルゼンチン人でしたが興味をもってチャレンジしてくれました。ミュージシャンは1世の80歳の方から自分より若い世代のアルゼンチンの日系人が参加しています。アルゼンチンにも民謡を歌い三線が弾ける人がたくさんいます。自分の唄を通して、遠く離れたアルゼンチンにもこうして沖縄の文化を大切にしている人がいるということを紹介したいと思いました。
  海外にいる日系人は遠く離れているからこそ日本の文化を見つめることができるのかもしれないですね。遠いから懐かしい。唄を歌いながら日本に近づきたい。そんな気持ちがあるのかもしれません。日系人がいる海外では、昔の言葉が残っていることに沖縄の人がびっくりしたりする。だからこそ沖縄の人たちには、意識して自分たちの文化を守っていってほしいと思います。

最後はいつも船出の唄

  アルゼンチンでは、よく「日本人ですか?それとも韓国人ですか?」と聞かれます。その度に「私は、日本人です。沖縄という日本の南の島の出身です。」と答えています。小さい頃から身近に沖縄の文化があり自然と身についていたので、沖縄県にルーツがあるという意識がありました。
  コンサートで最後に歌われた「だんじゅかりゆし」という唄は船で海外に出て行く時歌われた唄、船出の唄なんですよ。ステージにいるみんなや、お客様のこれからのよき未来を願ってという意味が込められているんです。
  沖縄で人と話していると親戚や知り合いがどこそこに移民しているなんていうことが多いです。「南米節」「ブラジルぬサビア*」「ハワイ節」など移民に関する民謡もたくさんあるんですよ。
*サビア:鳴き声に特徴があるブラジルの鳥の名

<プロフィール>
大城クラウディア

アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの沖縄県系2世。5歳からアルゼンチン日系コミュニティーの数々の歌のコンクールに出演し、優勝を重ねる。2001年、21歳のとき、アルゼンチンでアルフレッド・カセーロ「Shima Uta(島唄)」のレコーディングに参加。アルゼンチンで大ヒットし、宮沢和史(THE BOOM)と出会う。2003年から日本で活動。2007年9月に宮沢和史プロデュースによる1stアルバム『CLAUDIA』をリリース。現在は宮沢和史率いる多国籍編成ミクスチャーバンド、GANGA ZUMBAのメンバーとしても活躍中。2009年7月、BIGINの上地等、島袋優、MONGOL800の上江洌清作らの楽曲提供による2ndアルバム『月下美人』をリリース。2011年9月、3rdアルバム『恋しアルゼンチン』をリリース。

大城さんセルフプロデュースによる3枚目のアルバム、『恋(くい)しアルゼンチン』。
多くある移民にまつわる民謡のうち、「移民小唄」が収録されている。ジャケットは、元々は看板やトラックに描かれていたアルゼンチンアート「フィレテ・ポルテーニョ」に三線やシーサーなどの沖縄にまつわるモチーフとアルゼンチンの国花であるアメリカ・デイゴがあしらわれた大城さんこだわりのデザイン。

 
 

 

 
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