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収容所にて〜第二次大戦下の北米日系人〜
ヘンリー杉本作品展


憩いのひととき Recreation Time 117×263cm

  第二次世界大戦時、アメリカに移住していた日本人やその子孫である日系人は、「敵性外国人」と呼ばれ、不安な生活を強いられていました。特に、北米大陸での風当たりは強く、日本人は「ジャップ」と呼ばれ、日に日に差別や嫌がらせが強まっていました。
そんななか、1942年に、時の大統領フランクリン・D・ルーズベルトは「国防上必要がある場合には、強制的に『外国人』を隔離する」ことを宣言する「大統領令9066号」に署名。これにより、1世だけでなくアメリカ国籍を持つ2世までもが強制収容キャンプでの生活を余儀なくされることになったのです。

特別展示「収容所にて〜第二次大戦下の北米日系人〜」は、19歳の時に和歌山県から北米に移住したヘンリー杉本(日本名:杉本 謙)が、自らの収容所体験を記録した貴重な絵画作品展です。
当初、収容所には、カメラをはじめとする記録道具の持ち込みが禁止されていました。しかし、当時すでに画家として活躍していたヘンリーは、解体した絵筆の穂先と、ほんの数本の絵の具をこっそり荷物に忍ばせます。そして、移動の際に衣類を包んでいた布や、シーツなどをキャンバスの代わりにして、3年以上におよぶ収容所生活を記録し続けたのです。

「キャンプ・シーン」と名付けられた一連の作品は、大きなものは1辺が2メートル以上の大作。実際に作品の前に立つと、その迫力に圧倒されます。日本では、1980年に初めて、ヘンリーの生まれ故郷である和歌山市を皮切りに、広島、東京で巡回展示されましたが、以来、作品が所蔵されている和歌山市民図書館以外で国内にシリーズとして公開されるのは、実に30年ぶりとなりました。
  作品のひとつひとつに、アメリカ人でありながら「敵性外国人」として収容された2世たちの苦悩や、日本人である1世とアメリカ人として生きる2世との心の溝、有刺鉄線に囲われ常に監視される生活の様子など、さまざまなストーリーが描き出されています。

展示風景。作品の大きさを感じることができるでしょうか。近づいてよく見ると、大きな作品の多くは、シーツなどの白い木綿布に描かれていることがわかります。また、持ち込んだ少量の絵の具を大切に使うため、濃い輪郭線と、まるで水彩画やパステル画のような淡い色遣いで描かれた作品が多いのが特徴的です。


当惑する少女  Bewilderment  82×59cm
  収容所への移動の際には、家族ごとに荷札のような「ファミリー・ナンバー」を付けさせられました。少女の胸に付けられた札の番号は「24907」。これは、ヘンリー杉本の家族に割り当てられた番号でした。戦争によって住み慣れた家を突然立ち退かなければならない状況を、大人たちは一応理解できても、小さな子どもたちは当惑するばかり。ヘンリーは、この絵のモデルとなった娘に、「ピクニックに行く」と言い聞かせて家を出たそうです。

サヨナラご機嫌よう Farewell  216×117cm
  2世の多くは、米軍に志願することでアメリカへの忠誠を示そうとしました。しかし、その家族である1世の両親や、妻、子どもたちは依然として収容所の中でMP(憲兵)の監視下にありました。多くの家族が、収容所から米軍兵士として戦場へ赴く息子や夫を、ゲートの「ストップ」のサインから一歩も出られずに見送ったのです。

収容所よりの移動 Onward to Another World 146×181cm
  強制収容がはじまって2年くらい経ったころ、軍需産業の人手不足を補うことなどを理由に、日系人でもアメリカに忠誠を誓う書面にサインをして認められれば、収容所の外で働くことができるようになりました。収容所内での生活に不満を抱えていた若い人たちは、次々と収容所を去って行きましたが、一方で、日本への忠誠心を捨てられなかった人、収容所から出て一から生活をやり直す気力を失った人や、根強く残る反日感情を心配する1世の多くは、収容所に残り続けました。作品からは、収容所に残る年老いた1世たちが、出て行く家族を力なく見送る姿が見て取れます。

 
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