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第20号(2010年Summer) 

        モルフィーちゃんと行く!海外移住探検隊 Vol.5

モルフィーちゃん
展示情報

開催期間: 8月13日〜9月26日 入場無料
展示では、当時の写真を現在の 様子と対比して紹介しているもの もあります。
 
 

フォト・グラビア 特別展示

日系二世兵士の見た終戦直後の日本

  8月13日より開催の特別展示「日系二世兵士の見た終戦直後の日本」は、第二次世界大戦時にアメリカ合衆国の軍隊に従軍した二世兵士が撮影した、終戦直後の日本の風景写真展で、当時としてはめずらしい、カラーで残っている貴重な資料です。占領下の東京や空襲で瓦礫と化した大阪市街地、戦火を免れた地方の風景、たくましく生きる人々の姿など、二世兵士が見たファインダー越しの風景を紹介するとともに、戦争の狭間で生きた日系アメリカ人の存在について考えます。

占領下の東京


GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が置かれた皇居前の第一生命ビル(左)と、お堀端の米兵たち(右)。丸の内一帯のオフィスビルの多くが連合国軍によって接収され、日本は占領下に置かれた。

銀座の大通り沿いに並んだ露天商と行き交う人々



占領下の日本に駐留した二世兵士の多くは、通訳・翻訳などの任務についたのよ。自分たちと同じ顔をした二世兵士たちの姿を見た当時の日本人は、どう思ったのかしら?そしてまた、戦争によって自国であるアメリカと両親の祖国日本の狭間に立たされた二世兵士たちは、敗戦により廃墟となった日本、日本人の姿を、どのような思いで眺めていたのでしょう・・・

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瓦礫と化した大阪市街


被害を免れた梅田駅(右)。しかし、ミナミ方面の風景は瓦礫と化していた(左)

空襲の被害を受けた大阪にも、連合国軍の司令部が置かれたのよ。連合国軍とはいっても実際はそのほとんどが米軍で、当時は『進駐軍』と呼ばれていたの。フィルムに記録された大阪中心部の様子からは、現在の姿からは想像できないほどに破壊され、家族や住む家を失い、食べるものも着るものも不足していた時代の痛々しい姿が見て取れるわ


  馬車で瓦礫の整理にあたる人の姿も


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たくましく生きる人々



梅田界隈の御堂筋のにぎわい



ゲームに興じる子どもたち




乳児を背負った母親の背中





靴磨きをする戦争孤児




お正月で着飾った親子  

 

MISとしての二世アメリカ人兵士の役割

  戦時中、主にヨーロッパ戦線で戦った第100連隊、442部隊などとは別に、「MIS」と呼ばれた語学兵士たちがいました。日本語能力を買われた二世の多くが、MIS(Military Intelligence Service、陸軍情報部)として軍司令部に配属され、日本人捕虜の尋問や通訳、日記・文書の翻訳などに従事したのです。日本の敗戦が濃厚になると、降伏を促すための日本語のビラを作成したり、拡声器で呼びかけたりするのもMISの役割でした。
MISの二世兵士たちが果たした役割と彼らのアイデンティティについては、資料館学術プロジェクトが研究を行っています。

 

 
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