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第19号(2010年Spring) 

        モルフィーちゃんと行く!海外移住探検隊 Vol.4

モルフィーちゃん
海外移住にまつわる あれこれを、 みなさんと一緒に お勉強します。 どうぞよろしくね!!
 
 
特別展示 3月9日〜5月8日
「移民の暮らし」

海外日系社会における「食す」「伝える」「楽しむ」「祝う」 

日本とは文化や習慣の異なる海外に移り住んだ日本人の暮らしとは、一体どのようなものだったのでしょう。 異なる環境の中で直面したさまざまな課題に、移住者たちはどのように対処してきたのでしょうか。 現在開催中の特別展示「移民の暮らし」では、海外日系人の暮らしを 「食す」「伝える」「楽しむ」「祝う」の4つに分けて紹介しています。 日本にいる私たちにとっては当たり前のモノや事柄でも、異文化社会においてはゼロからの出発、 試行錯誤の繰り返しです。日々の暮らしの中で目にする品々を通して、 移住者の生活の様子を垣間見てみましょう。

食す

 海外で生きていくのに、まず何より重要なのは「食べる」こと。いまでこそ、海外でもおいしい和食のレストランがあり、簡単に日本食材が手に入る地域も増えていますが、日本人の海外移住がはじまったばかりのころには、もちろんそんなものはありません。移住者は、現地の材料をいかにして日本風に料理するかという工夫をこらして生活していたのです。特に、醤油と味噌は日本人にとって欠くことのできない必需品。多くの移住者が苦心をして自家製のものを作っていました。*1
日本の醤油といえば、大豆と小麦が主な原材料ですが、ブラジルではちょっと違います。1900年代はじめ、大々的に醤油の製造がはじめられたころのブラジルでは小麦の入手が難しかったので、かわりにトウモロコシを使って醤油を作るようになりました。それがすっかり定着し、いまでもブラジルの醤油といえば、原材料は大豆とトウモロコシ。独特の甘みが特徴です。

 
味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)、酒など、 海外で作られているさまざまな日本食材は、 パッケージを並べてみるだけでも楽しい

ロサンゼルスの和菓子店「三河屋」の和菓子詰め合わせ。
移住者の祝い事 には 和菓子が 欠かせなかった

 
シアトルにある食品店「UWAJIMAYA」のお弁当メニュー。 「BENTO」の呼び名は定着している
時代は変わって現在、日本で生活しているブラジル人にとっては、ブラジルの醤油がまさにおふくろの味。南米の食材を扱うお店では、ブラジルから取り寄せた醤油が人気なんですって!
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伝える

 移住者にとって、言葉は大きな壁でした。言葉が理解できるようになるまでは、移住した国の情勢を理解することもままなりません。電話もない時代ですから、地方の移住地で暮らす移住者にとっては、近所の人とおしゃべりをして情報交換をすることさえも簡単ではありませんでした。そんななか、ふるさとの近況や世界情勢、居住国の情報、他地域の日系社会の情報を得ることができる最大の情報源が、現地で発行される日本語新聞でした。特に、邦字紙に掲載される尋ね人や死亡記事は、同胞の近況を知るための大切な情報源。故郷に錦を飾る凱旋帰国の報告記事も、頻繁に掲載されていました。
移住者のいるところでは、必ずと言っていいほど日本語新聞 が発行されています。北米やブラジルなどには複数 の日本語新聞が存在し、独自の紙面を展開して オピニオンリーダーの役割も果たしてきました。

 
邦字紙に掲載された尋ね人、 帰国記事。

 
シアトルの邦字紙 『北米報知』で使われていた 写植機と活字
移住者の消息や尋ね人、死亡広告などを伝えることも、日本語新聞の大きな役割のひとつだったのね!
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楽しむ

 第二次世界大戦以前の移住地や農村部で、人々の楽しみや息抜きといえば、運動会や相撲大会などのスポーツ大会。そんな、娯楽の少ない生活のなかで、誰もが心待ちにしていたものが、たまにやってくる「巡回シネマ」や「トーキー巡業」でした。当時、「シネマ屋」として活躍した弁士たちは、ブロマイドを作るほどの人気者になりました。*2
戦後になると、都市部には日本映画を上映する映画館(「邦画シネマ」と呼ばれていました)ができ、日系人はこぞって出かけていました。日系人がたくさん集まる映画館のまわりには、日系人相手の雑貨店や和食レストランなどが増えていきます。サンパウロ、リベルダーデの日本人街などは、こうして形成されたのです。

ブラジル、サンパウロの日本映画館 「シネ・ニテロイ」の外観
 
シアトルの日本映画館「東洋シネマ」の ポスター、チラシ。日本映画は何よりの 娯楽だった

祝う

 現地での生活に慣れてくると、日系人が暮らす各地域で、日本と同じような年中行事が行われるようになります。お盆や夏祭り、七夕祭りなどはすっかり定着し、いまでは現地の人々にも楽しまれるようになっています。日本の家庭からは急激に姿を消しつつあるお正月の餅つきなども、海外日系社会では、まだまだしっかりと受け継がれているようです。
  日系社会の節目の年には記念行事も開催されるようになりました。こうした行事は、数世代がともに集い祝うなかで、日系としてのルーツを再確認し、共有し伝えていくための大切な場となっているのです。

リベルダーデの七夕祭り。 南半球ブラジルでは、 冬の風物詩として定着している
 
ロサンゼルスにある東本願寺のお盆フェスティバル と、リトルトーキョーで開催される「二世ウィーク」の ポスター

 

2008年のブラジルの日本人移住100周年で、日系社会だけでなくブラジル中が国をあげて祝福ムードに沸いた様子は、記憶に新しいわ!
*1:海外移住資料館だよりNo.2 特集「南米移住者の食卓」参照 
*2:海外移住資料館だよりNo.7 特集「移住地にシネマがやってくる!」参照

 

 
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