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19号(2010年Spring)巻頭特集 

大衆演劇一座「響ファミリー」座長 響 彬斗(ひびき あきと)さん

心の「響」を届けたい!

 ブラジルからやってきた兄弟がいま、大衆演劇という舞台で日本の伝統を守り伝えようと奮闘しています。一座の名前は「響ファミリー」。
座長の彬斗さんと、奥様の悠嘉さん、彬斗さんの弟 一真さんの3人が、日本各地を駆け巡り、時に艶やかな女形で舞い、時に力強い和太鼓で魅せ、軽快なトークと歌で観客に笑いと涙と元気を届けています。
2008年の日本人ブラジル移住100周年には、ブラジル凱旋公演も実現! ますます活躍の場を広げています。
2月、地方公演の合間を縫って、座長の彬斗さんにお話を伺いました。

北海道生まれ、ブラジル育ちです!

 母は北海道生まれで、父が日系2世です。ブラジルで生まれ育った父は、木材を扱う仕事をしていたのですが、工芸品やタンスを作る技術を学ぼうと、北海道で木工の勉強をしているときに母と出会い、結婚したそうです。北海道で姉と兄と僕が生まれました。
僕が2歳になるころに、父が「ブラジルに行こう」と言い出しました。サンパウロの都心から車で2時間くらいのピリトゥーバという小さな町。そこに大きな家と工場と広い畑があって、家族で移り住みました。
母は日本人ですから、移住したものの言葉がよくわからない。それで、よくピリトゥーバから日本人がたくさんいる日本人街(リベルダーデ)まで出かけていたようです。昔から日本舞踊をやっていた母は、姉と一緒にリベルダーデで日舞を習い始めました。そのお稽古に一緒についていくうちに、僕もなんとなく踊り始めたみたいです。物心がついた頃にはもう、当たり前のように日舞を踊っていました。僕が踊りの発表会に出ると、おじいちゃんおばあちゃんがすごく喜んでくれたのを覚えています。

響ファミリー。座長の彬斗さんを中央に、左が弟の一真さん、右は彬斗さんの妻、悠嘉さん
響ファミリー。
座長の彬斗さんを中央に、左が弟の一真さん、右は彬斗さんの妻、悠嘉さん

「和」文化に囲まれた少年時代

  ブラジルでは、現地の子どもたちと一緒にブラジルの学校に通っていましたが、家や日舞では常に日本語でした。その後リベルダーデに引っ越し、母が文協(ブラジル日本文化福祉協会=ブラジル日系社会を代表する団体)の前で飲食店を始めたのですが、店に来るお客さんのほとんどが日本企業の駐在員や日系の人たちでみんな日本語。サンパウロといえども、「まいど、いらっしゃい!」「よう、また来たよ」みたいな環境で育ちました。
まわりの同年代の男の子たちといえば、当然ながらサッカーやテレビゲームに熱中していたけど、僕は踊っているほうが好きでした。10歳ごろから和太鼓や歌の稽古も初めて、16歳になると和太鼓チームのリーダーとして、生徒に教えたりもしていました。ブラジルには和太鼓チームがたくさんあって、よく大会も開催されています。非日系人にも人気です。ブラジルでは、「和」の文化が「カッコイイ」ものとして受け入れられているんです。
日系社会では、いたるところでカラオケ大会やお祭りなんかがあって、僕は常連でした。盆踊りは本当に大好きで、太鼓の音が聞こえただけでもうワクワクしちゃってどうしようもない(笑)。
カラオケ大会は、毎週どこかで必ず開催されています。1日に3カ所の大会をハシゴしたこともありました。僕はもっぱら演歌派で、バラード寄りの演歌が得意でした。日系社会ではカラオケのレッスンも盛んで、大会を目指して練習するんです。日本では子どもがカラオケのレッスンに通うなんてあんまり聞かないですよね。向こうではごく当たり前だと思ってました。

日本で武者修行!

  会社のイベントやお店の新規オープンなどに招かれて、和太鼓の公演活動を続けるうちに、「ブラジルの人たちが求めているものって何なんだろう?」と思うようになりました。
和太鼓にしても日舞にしても、自分たちが練習したものを「見せる」「見てもらう」のではなくて、化粧の仕方や着物の着こなし、雰囲気まで含めた「魅せる」ための方法がもっとあるんじゃないか。そういうことができたらブラジルのお客さんはもっと喜んでくれるんじゃないか、と。それで、日本に行って勉強したいと思うようになりました。
和太鼓や日舞それぞれの技を極めるというよりも、すべてをショーとしてどう魅せるかを学びたかったので、サンパウロで和太鼓を習った丹下セツ子先生に相談して、日本で大衆演劇の第一人者と言われている沢竜二先生を紹介していただき、来日。劇団に入団しました。19歳のときです。

大衆演劇という世界

 劇団では、公演の日取りが決まるとそれにあわせてお稽古が始まる。下っ端の僕は、化粧の仕方を習ったり、小さな役をいただいて芝居を覚えたり。大衆演劇って、いわゆる普通の劇団とはちょっと違った世界なんです。まず、台本がない。「口立て稽古」といって、役者同士が口頭で大筋の動きを打合せるだけで芝居を組み立てて行くんです。僕は台詞をテープに録音してもらって、それを2日間かけて何回も聞きながら覚える。3日目には「立ち稽古」といって、場所決め。「この台詞のときはお前はそこにいて」とか、「ここでこんな感じで入れ替わって」とか、その場でどんどん決めていきます。すべてがアドリブの世界なんです。前日の夜に口立て稽古をして、なんとなく流れを覚えて翌日そのまま舞台でぶっつけ本番、なんてことも大衆演劇の芝居では当たり前ですが、それがまたおもしろいところで(笑)。
新人がはじめての舞台を踏んでから少しずつ成長していく姿を見守っていくのも、大衆演劇を見て下さる人たちには楽しみのひとつです。お客さんと一緒に成長していくのが、大衆演劇の醍醐味であり独自の世界なんだと思います。

弟、一真も加わって


迫力の和太鼓パフォーマンス
迫力の和太鼓パフォーマンス

  はじめて経験する芝居の世界は、すべてが新鮮で楽しかった。苦しいとか辛いとか、そういう感覚はなかったですね。ものすごくいい勉強の場だったと思います。
日本で修行をはじめて3年後に、弟の一真が日本に来ました。ブラジル生まれで僕とは4歳違い。やっぱり子どものころから日舞や太鼓を習っていました。2カ月間だけ、日本見学の旅行のつもりで遊びに来たのが、なぜか気がついたらそのまま次の公演メンバーに加わっていた(笑)。結局、その後5年間ブラジルに帰りませんでしたね。

おじいちゃん、おばあちゃんたちが くれた心の「響」


老人ホームの慰問公演は、ワイフワークのひとつに
老人ホームの慰問公演は、ライフワークのひとつに

  大衆演劇で何年間か修行をさせていただいた後、いろいろ思い悩んだ時期があって劇団を退団しました。そんなとき、たまたま知り合いから、デイサービスの老人ホームで慰問公演をしてみないか、というお話をいただいて、3日間だけやらせてもらったんです。当時お付き合いをしていた悠嘉と2人で。
初日の反応はとてもよくて、やってよかったと思っていました。デイサービスって普通、利用する曜日が決まっているものなんですけど、2日目、初日を見てくれたお客さんがまた来て下さった。しかも、よくみるとおばあちゃんの何人かは口紅をしているんですよ。さらに、3日目にはもっと念入りにお化粧をして来ている!「どうしちゃったの?!」って感じでした(笑)。
そのときに、僕ははじめて、見てくださった人が本当に楽しんで、喜んでくれているってことを心から実感したんです。「生きてて良かった!」「元気が出たよ」なんて声をかけてもらって。それまでの舞台では一度も感じたことのないような気持ちになりました。こんなに喜んでいただけるなら、もう一度この世界でがんばってみようかなと思いました。おじいちゃん、おばあちゃんたちからもらった心の「響」を、もっと多くのみなさんと分け合いたいと思いました。
その後、弟も加わっていくつかの老人ホームを慰問させていただくなかで、自分たちの劇団、「響ファミリー」を立ち上げようと決心したんです。2005年の10月10日、足立区西新井文化ホールが僕たちの旗揚げ公演でした。自分たちでチラシを作って、チケットを売り歩きました。平日の真っ昼間でしたけれど、500人ものお客さんが集まってくれました。

   

夢を追いつづける

  僕が日本に来た目的は、ブラジル人のお客さんに和の文化をどう魅せるのかを学ぶことだったけれど、いま、活動の場は完全に日本になりました。これからも日本を拠点にずっと続けていきたい。そして、少しずつ海外へもその足場を広げて行けたらと思っています。
ブラジルにはこれからもちょくちょく公演をしに行きたい。お客さんからいただく心の「響」を、さらに多くの人たちに届けるというのが、これから先もずっと変わらない僕の夢です。

響 彬斗(ひびき あきと)
1981年北海道生まれ。2歳から高校までをブラジルで過ごす。幼少より日舞、和太鼓、歌、三味線、剣道など「和」の文化に親しみ、19歳のとき大衆演劇一座で修行するために来日。2005年10月に独立し、妻(悠嘉)、弟(一真)とともに「響ファミリー」を旗揚げ。座長として日本全国を巡る旅公演を続けている。 公演スケジュール、ブログなどは響ファミリーHPへ。
http://hibikifamily.com/
 
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