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17号(2009年Autumn)巻頭インタビュー ラファエルさん
ラファエルさん


キャンバスから飛び出すくらいのことがしたい

 『メンズノンノ』をはじめとする男性ファッション誌やショーを中心に活躍中のモデル、ラファエルさん。1984年、ブラジル、アマゾン地域に属する赤道直下の街ベレンで、日本人の父とブラジルの人の母の間に生まれた青年はいま、父の祖国日本で、アーティストとしても非凡な才能を開花させています。
過去2年連続して、銀座の老舗「兜屋画廊」で個展を開催しているほか、自身のファッションブランドも立ち上げるなど、その華々しい活躍とは裏腹に、決して饒舌とは言えない彼の言葉や生み出す作品からは、言葉では伝えきれない想いが溢れていました。

アマゾンから、ハイテクの国・日本へ

「コーヒー豆」 2006年

「コーヒー豆」 2006年
コンクリート片にボールペン、コーヒー染み 

 アマゾンで生まれ育った僕が日本に来たのは6歳のとき。父から「みんなで日本に行くぞ」と聞いて、「飛行機に乗れる!」ってワクワクしたのを覚えています。当時の僕は、日本について知っていることはほとんどなくて、『スターウォーズ』とか『バック・トゥー・ザ・フューチャー』みたいな、未来映画のイメージを勝手に想像していた。日本にはスターウォーズに出てくるような小さなロボットがいるって本気で思っていたんです。
実際の日本での生活はというと・・・。栃木のおばあちゃんの家で、みんなで小さなこたつに入って、お味噌汁とおにぎりを食べていた(笑)。お味噌汁もおにぎりも日本茶も、僕にとってははじめてのもので新鮮だったし、ブラジルでは大きなダイニングテーブルで食事をしていたけれど、そこからおばあちゃんの家の小さなこたつに、ボワン!と一家の暮らしがワープしたような、なんだかとっても不思議な気持ちでした。

檻の中の動物になった僕をみんなが見ていた

「月の女神」 2007年 紙・ハガキ・パステル使用

「月の女神」 2007年 紙・ハガキ・パステル使用

 ブラジルの家には、たまに父の友だちが日本から遊びに来ることがあったけど、それ以外で日本の食べ物や文化に親しんだ記憶があんまりない。日本語もまったくできなかったから、日本で学校に通うようになって言葉がわからないのには戸惑いました。まだ小さかったから、自分が日本語がわからないんだってことすらわかっていなくて、ただ「みんなが何を話しているのかさっぱりわからない!」って。
日本の学校に転入してしばらくは、僕のことを学校中の子どもたちが見物にきました。ちょっと大げさだけど、当時の僕にとっては、自分が動物園の檻の中の動物になって、みんなが僕を見ている、そんな感覚。たぶん、僕みたいな子どもを見るのがはじめてだったんでしょうね。
  高校に入学したもののすぐに中退して、いろんなアルバイトをしていた時期に、姉がモデルの仕事を勧めてくれました。最初は嫌々だったけど、モデルという職業に出会わなかったらいまの僕はなかったと思っています。モデルの仕事を通じて色んな人に出会って、学校では学べないたくさんのことを教えてもらった。僕にとっては、モデルの仕事現場がまさに学校でした。

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子どもたちが夢を持てるような 作品を作る!

 絵を描くのは昔から好きで、気がついたらいつもノートに何かを描いていた。日本に来て言葉もわからないし、学校にいても勉強なんかもちろんできないし・・・。落書きするくらいしかやることがなかった。いまでも、スケッチブックはいつも持ち歩いています。
自分が描いてきた絵が、こんな風にたくさんの人に見てもらえるようになるとは思ってもいなかったけど、でも、僕の心の中には常に、自分の絵、というよりも、僕という人間を知ってもらいたい、必要としてほしい、愛されたい、そういう気持ちがあるんだと思う。
自分のことを画家だとか、絵を描くのが仕事だとか、そういうふうには思いたくない。むしろ、いつもそこからはなるべく離れようとしていますね。画家として生きる人に対する憧れとか、尊敬とかはもちろんあります。でも、壁に飾る絵を描くよりも、キャンバスの枠から飛び出すくらいの事を僕はしていきたい。それは、絵を仕事にするとできないことかもしれないと思うんです。
僕がいましたいことは、子どもたちが夢を持てるような作品を作ること。「作りたい」じゃなくて、必ず作ります!

2008年、長野県にあるブラジル人子弟のための教育施設「NOVODAMASCO」で行った絵画ワークショップ。子どもたちと一緒に、日本人のブラジル移住100周年を祝う作品を完成させました。 
2008年、長野県にあるブラジル人子弟のための教育施設「NOVODAMASCO」で行った絵画ワークショップ。子どもたちと一緒に、日本人のブラジル移住100周年を祝う作品を完成させました。 

2008年、長野県にあるブラジル人子弟のための教育施設「NOVODAMASCO」で行った絵画ワークショップ。子どもたちと一緒に、日本人のブラジル移住100周年を祝う作品を完成させました。 

アマゾンの空気を吸いたい

「心」 2007年 キャンバス・油 50×31センチ

「心」 2007年 キャンバス・油 50×31センチ

 僕が生まれたアマゾンの町に、日本人が移住して今年で80年になるそうです。父からよくその話を聞かされます。アマゾンには、たくさんの日本人の夢と現実があって・・・。
でも僕には移住の実体験がないから、日本人の移住について語る言葉を持っていません。実際に体験した人にしか、僕はアマゾンのことを語れないと思っています。
でも、アマゾンには行きたいですね。いま、すごく行ってみたい。何がしたいとか、何が懐かしいとか、具体的なことは思い浮かばないけれど、ただそこに行って、そこの空気を吸ってみたい。そうすることで、言葉にはできない「何か」が見えてくるんじゃないかと感じています。

RAFAEL(ラファエル)
RAFAEL(ラファエル)
 

  1984年、ブラジル・アマゾンの町ベレン出身のモデル・アーティスト。『メンズノンノ』や『ポパイ』『SMART』など男性ファッション誌のほか、エルメスなどのファッションショーでも活躍。4歳から描き始めた絵は独自の世界観を持ち、今年2月に銀座の老舗『兜屋画廊』で開催した2度目の個展では、北方謙三、北野武、野口強(スタイリスト)、西島千博(バレエダンサー)等の著名人の肖像画を出品し注目を集めた。2008年、ブラジル日本人移住100周年を記念し企画された「日本で成功したブラジル人30人」に選出されたほか、ブラステル(ブラジルの通信会社)主催絵画コンテストの審査員も務めた。自らのファッションブランド「ラファエル」も立ち上げ、ますます活動の幅を広げている。

 
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