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第14号(2009年1月)巻頭インタビュー 田中マルクス闘莉王選手

 おじいちゃんとおばあちゃんが
  ブラジルで家族を作って、
根を張って生きてきたことを誇りに思う

  いまや、サッカー日本代表の中心選手として欠かせない存在となった浦和レッズの田中マルクス闘莉王選手。その名の示す通り、闘志あふれるプレースタイルは、大きな魅力のひとつです。
  そんな闘莉王選手が、ブラジルから日本にやってきたのは1998年、16歳のとき。日本に来てはじめて、日本からブラジルに渡った祖父母の歴史を深く知ることとなった闘莉王選手に、祖父母への思いや、生まれ育った故郷の町についてなど、お話を聞きました。

 

祖父母の歴史を知る

父親に抱かれる生まれたばかりの闘莉王

 父方の祖父母は日本人。彼らがどこから来たのか、どういう理由でブラジルに来たのか、気にはなっていたけれど、日本に来るまで細かい話は全然知りませんでした。16歳のとき、サッカー留学ではじめて日本に来て、日本語もしゃべれないし何もわからない僕に、留学先である渋谷幕張高校の先生が祖父母の歴史を調べる手助けをしてくれました。そして高校卒業後、3年間広島のサンフレッチェでプレーしていたときには、特に広島県から移住したおじいちゃんのことについて、いろいろと知ることができました。
 おじいちゃんがどこで生まれて、どんな人たちのなかで育ったのか、当時一緒に遊んでいた友だちなんかがまだ広島にいて覚えていてくれて、家族のお墓に案内してもらったりもしました。日本に来て、そういったことに興味を持ち、色々と調べさせてもらったことは、僕にとってすごく意味のあることでした。
  父はブラジル生まれの2世ですが、日本語は全然しゃべれません。僕は、そんな父親と、イタリア系移民の母親との間に生まれたので、ブラジルではずっとポルトガル語だけの会話だったんです。もちろんおじいちゃんとおばあちゃんの家に行けば、おじいちゃんおばあちゃん同士の会話は日本語で交わされることもあって、小さい頃からちょっとした日本語を耳にする機会はあったけど、それでも日本に来るまで日本語は何一つわからずに生活していました。

「元気だった?」「久しぶりだね」
  はじめて日本語でおばあちゃんの気持ちが伝わってきた

パルメイラ・ド・オエステの実家にて。
祖父母の田中義行さん・照子さんと、母親のマルデリーさん。
家族の待つこの場所が、闘莉王選手の原点

 おじいちゃんとおばあちゃんは、まだ小さな子どもの頃、僕の記憶が間違ってなければおじいちゃんが11歳、おばあちゃんが6歳のころに日本を出て、それからずっとブラジルで過ごしてきました。日本のことについて細かいことを色々と覚えているほど大きくなってなかったし、戦後に復興して経済大国になった日本の姿も実際には知らなかったわけだから、僕は子どもの頃、おじいちゃんやおばあちゃんから日本の話をあれこれと聞いたような記憶があまりない。でも、日本の食べ物や文化なんかについては、よく聞かされていました。おじいちゃんとおばあちゃんの家では、ご飯を食べる前に「いただきます」、食べ終わったら「ごちそうさま」を必ず言わされていましたしね。僕にはそれが何の意味なのかもわかってなかったんだけど(笑)。
  日本に来て2年が経つころには、だいたいの会話くらいはできるようになっていました。2年経って初めて、休みにブラジルに帰ったときに、おばあちゃんが僕に日本語で話しかけてきたんです。何を言われているのかが分かったので日本語で応えたのが、僕とおばあちゃんのはじめての日本語での会話。本当になんてことのない、「元気だった?」「久しぶりだね」みたいな感じの会話だったけど、はじめて日本語でおばあちゃんの気持ちが伝わってきた。おばあちゃんがとても喜んでくれて、本当に感動してくれているんだと感じたのをいまでも覚えています。  

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生まれた町は僕の誇り

(C)URAWA REDS

  僕が生まれ育ったのは、サンパウロ州の北のほうにあるパルメイラ・ド・オエステという小さな町。いまだに信号もないし、馬車が走っています。人口1万人くらいの本当に小さな町で、みんながお互いのことを知っている。そんな田舎の町から16歳で日本にきたので、 日本の暮らしには本当に驚きました。でも、僕はそんな町で生まれ育ったことを誇りに思っているんです。これからも、あの町を背負っていくんだという気持ちがある。パルメイラ・ド・オエステの人々が「この町から闘莉王が出てきた」と誇りを持てるくらいの存在になりたいですね。  父親には子どもの頃から「自立して生きろ」と言われてきたので、若い頃から学校に行きながらオフィスボーイみたいなことをして働いていました。自転車に乗って町中のどこにでも顔を出して書類を集めたりしていたので、みんなのことをよく知っていたし、みんなも僕のことをよく知っていた。だから、僕が日本に行って、サッカーでがんばっていることを町の人たちが応援してくれていました。僕が日本に帰化したころは、ちょうどアテネ五輪のことでみんなが注目していた年でもあって、僕が日本代表メンバーに選ばれたときは、町のみんながすごく喜んでくれました。
  ただ、母親だけはすごく心配していた。息子が遠いところへ永遠に離れていってしまうんじゃないかと感じたみたいで、最初は反対していました。それで、日本に一度来てもらったんです。僕の仕事や暮らしぶりを見て、お世話になっている人たちと会って、これなら大丈夫だって安心してくれました。

僕の苦労なんて、本当にちょっとしたこと

祖母の照子さんと

 日本に来て、言葉や文化の違いに苦労したこともあったけど、おじいちゃんとおばあちゃんがブラジルに行った時代とは比べ物にならない。当時はいまのようなテクノロジーなんてなかったし、まったく知らない国で、そこの生活に慣れることができるかどうかなんてことよりも、そこで生きていけるのかどうかすらわからないような時代だったと思います。おじいちゃんとおばあちゃんのような移民の苦労に比べたら、僕が経験した苦労なんて、本当にちょっとしたことだったと感じます。
  ブラジルに来て、言葉も文化も違う国でいろんな苦労をして、それを乗り越えて成功したおじいちゃんおばあちゃんの例をものすごく間近で見てこられたということが、僕の力になっていると思います。おじいちゃんとおばあちゃんがブラジルで家族を作って、ブラジルに根を張って生きてきたことを僕も誇りに思うし、毎回ブラジルに帰ると、逞しい姿をいまでも見せてくれるので、僕もさらにがんばろうっていう気持ちにさせられる。おじいちゃんおばあちゃんの存在は僕にとって、非常にいいお手本、いいモチベーションになってくれているんじゃないかな。
  (去年の)7月に、ブラジルへの日本人移民100周年を記念したパネル展示を埼玉スタジアムでやりましたが、そのときに海外移住資料館で見つけてもらったおじいちゃんとおばあちゃんの乗船者名簿も展示したんです。ブラジルの家族にもコピーを送ったので、おじいちゃんとおばあちゃんも見てくれたと思います。今年はまだブラジルに帰っていないので直接は確認していませんが、また帰ったときにはそんな話もできればと思っています。

僕を大人にしてくれた日本に感謝

  何もわからない子どもだった僕を、日本が大人にしてくれた。そのことをいつも忘れずに、これからもずっと感謝の気持ちでやっていきたいと思っています。
  ずっとひとつの国の中だけにいると、その国のよさ、悪さというのがだんだん見えにくくなってくることもあります。そんなとき、外国に行って違った視点で見ると、冷静な目でいろんなことが見えてきて、それが自分の成長につながるように思います。特に故郷から遠く離れた場所にいるときに、そういうことがよりよくわかるんじゃないかな。海外では日本のよさが非常に見えやすくなると思うし、よりよくするためにいま自分は何をしたらいいのかということに対する答えも出てくるように思います。
  いつもと違った目を持つこと、いろんな角度から自分の住む場所や、国を見ることは非常にいい経験だと思うので、これから海外へ出て行く日本の若い人たちにも、また、いま日本で生活している外国の人たちにも、その経験を必ず力にできるようにしてもらいたいなと思います。
  シーズンオフにはまたブラジルに帰ります。家族に会えるのが楽しみです。

田中マルクス闘莉王
 浦和レッドダイヤモンズ所属

 1981年生まれ、ブラジル出身の日系3世。16歳の時、スポーツ留学生として渋谷幕張高校に入学。サンフレッチェ広島、水戸ホーリーホックを経て2004年に浦和レッズに移籍。2003年には日本国籍を取得。U-23日本代表としてアテネオリンピック大会に出場。2006年には日本代表に初選出。浦和レッズ、日本代表の中心選手として活躍が期待されている。
2008年10月には、日本人ブラジル移住100周年を記念したブラジル音楽のコンスピレーションアルバム「TRIP IN BRAZIL」をリリース。自身がボーカルとして参加した曲も収録されている。

日本人ブラジル移民 100周年記念アルバム
TRIP IN BRAZIL 田中マルクス闘莉王
PSLA-5 2,625(2500)
PRIMA★STELLA RECORDS

 
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