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HOME > 海外移住資料館だより > 第13号 資料探検隊 Vol.13
第13号(2008年9月)資料探検隊 Vol.13
モルフィーちゃん
南米に住む青い蝶の妖精、モルフィーちゃん。 海外移住資料館のあれこれを、みなさんと一緒にお勉強します。 どうぞよろしくね!!

 

しなやかに強く、そしてたくましく
  〜女性が支えた移住地の暮らし〜

「開拓」―大木を倒し、山を焼き、文字通り原生林のジャングルを切り拓いてきた日本人移住者たちの姿を思い浮かべるとき、その主役は常に、力強く、豪快なイメージの男たちであるかもしれません。しかし、開拓生活、そして移住地の発展にとって欠かせなかったのは、妻として、母として、そして一労働力として汗を流して働き、家庭を守ってきた女性たちの存在でした。農作業・家事・出産・育児そして教育にと奔走しながらも、しなやかに強く、そしてたくましく生きてきた移住地の女性たちの姿とは・・・。

収穫作業 食卓
ブラジル・サンパウロ市の柿農園で収穫作業をする女性たち。   あるボリビア移住者の食卓。
(写真提供:中南米移住地記録写真集1964)

苦しいときこそ前を向いて自分で選んだ道だから…

 

洗濯風景

ボリビア・サンファン移住地の野外での洗濯風景(常設展示)

中南米に移住した女性、とりわけ一世の「妻」という立場の女性たちを大雑把に分けると、日本で結婚し、家族単位で移住した人たちと、すでに移住していた独身男性の元に日本から嫁いで行った人たちとに分類することができます。家族で移住した女性のなかには、夫に説き伏せられてやむにやまれず移住した人もいたでしょうが、まだ見ぬ広大な大地に憧れや希望を抱いて日本を離れる決心をした人もまた多かったに違いありません。そんな女性たちだからこそ、辛く苦しい開拓生活のなかでも、「自分で選んだ道だから」と前を向き、明るくたくましく生きてきたのでしょう。
 入植したばかりの移住地では、女性も子どもも総動員で開拓に精を出しました。さらに家では家事、育児をこなし、夫のよき理解者として、子どもたちにとっては優しい母親として、どんなときも精一杯に生きてきた移住地の女性たち。彼女たちがいなければ、移住地はここまで発展することができなかったと言っても、決して大げさではありません。 


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「移民花嫁」―写真結婚で移住した女性たち

トランク

女性移住者のトランクの中には、日本の化粧品も(常設展示)

 家族単位で移住した人たちにとって、女性の力が必要不可欠だったように、単独で移住した独身の青年移住者たちにとっても、1日も早く独立し家庭を持つことは、異国での生活を安定させるために大切なことでした。しかし、パトロンと呼ばれる農場経営者の下で働きながら独立を目指す青年移住者たちにとって、嫁不足は深刻な問題。言葉や文化、生活習慣の異なる現地の女性よりも、開拓生活の苦労や喜びを共に分かち合うことのできる日本人女性を妻に迎えたいという多くの希望を叶えるには、独身日本人女性の数が圧倒的に不足していたのです。
  そこで考え出されたのが、写真によるお見合い。「花嫁移民」と呼ばれる女性たちのなかには、親類縁者のつてで縁談がまとまった人や、一時帰国した移住者と日本で知り合い、結婚して移住する人もありましたが、多くは1度も実際に会うことなく籍を入れ、移住してからはじめて夫と対面するというパターンでした。男性から送られてくる写真は、何年も前に撮影した若い頃ものだったり、パトロンの立派な家の前で撮ったものだったりすることも多く、実際に会ってはじめて現実とのギャップに愕然としたという花嫁たちの話は少なくありません。 

 

花嫁移民・滝友梨香さん

CD
CDブック『花嫁移民 海を渡った花嫁達は』は、2Fにある図書資料室(海外移住)で閲覧することができます。


1966年に花嫁移民としてウルグアイに渡り、その後ブラジルに根を下ろした滝友梨香さん(67歳)は、このたびCDブック『花嫁移民 海を渡った花嫁たちは』を自費出版した。滝さんは、自らの意思で移住を決め、運命とまっすぐ向き合ってき女性たちの姿を、自らが花嫁移民である自身の言葉でつづっている。
祖国日本だけでなく、移住者の国ブラジルにおいてさえ好奇の目で見られることが多いという「花嫁移民」。それゆえに、花嫁移民として渡ってきた自らの歴史を語ろうとしない女性は少なくないという。しかし、同じ「花嫁移民」というだけで、何も言わなくても互いの苦労を分かり合える、遠くの親戚よりもずっと深くて強い絆、連帯感が彼女たちの中にはあるのだと滝さんはいう。
  そして、「おおかたの花嫁が辛酸を舐め耐え抜いて現在『この国に来て良かった』と口を揃えて言い、私もやはり同じ思いを日々重ねていると言い切れます」と結んでいる。


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女性たちの社交場…婦人会活動

ウェディングドレス

ブラジルで結婚した移住者が実際に着用したウェディングドレス
(資料館所蔵)
結婚式 露天とタクシー

移住地の結婚式・戦前のブラジル
(提供:茅野ファウスト昭宏さん)

現地の結婚式・ボリビア
(中南米移住地記録写真集1964)

 働き詰めの日々のなか、女性たちにとって、悩みを相談したり、料理を教え合ったり、異国での暮らしのさまざまな情報を交換する社交場が婦人会でした。
  移住地では、新年会や結婚披露宴、成人式、運動会、演芸会、法要、バザーなど、実にさまざまな行事が開催されますが、そこにはいまでも必ず婦人会の活躍があります。このような行事では、現地の料理に混ざって、海苔巻きやいなり寿司、野菜の煮物、お新香など、日本料理が必ず用意されます。大勢の料理を作るのは大変な作業ですが、集まってワイワイと行事の準備をするのは、移住地の女性たちにとって欠かせない楽しみのひとつでもあるのでしょう。
  婦人会活動を通して、先輩移民たちは新しい移民の世話を焼き、地域として子どもたちを育て、開拓生活を支えてきました。
  海外に移住した日本人の活躍が称えられるとき、そこには必ず、移住地の暮らしを縁の下で支えてきた女性たちの姿があるのです。

女性の力で社会を引っ張る!オリジナル商品を開発・製造

H19年度「農村婦人リーダー研修」に参加した
パラグアイの熊谷早苗さん

熊谷さん

「私の所属するラパス農業協同組合の婦人部では、移住地で行われる様々な行事を取り仕切るほか、料理や手芸等、各種研修会の開催や、果実酒、味噌などのオリジナル商品の製造・販売を行っています。JICAの『農村婦人リーダー研修』では、同じ立場で活躍する南米各国の女性リーダーたちと一緒に学びました。
  今後は、日本での研修を活かし、移住地の農作物を利用した新商品の開発や商品に付加価値を付けた販売方法を確立して、移住地から地域社会全体の活性化を目指したいです」

婦人会の活動は、いまの日本に失われつつあるコミュニティーのつながり、地域の団結といったものが、異国の地で受け継がれているひとつの例だといえるわね
慰労会 エプロン
1986年パラグアイ。
婦人会ソフトボール大会・ゲートボール大会の慰労会
  ブラジル・パラナ州マリンガの
婦人会より寄贈されたエプロン
(常設展示)
 
(常設展示)

 

 

 
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