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第13号(2008年9月)巻頭インタビュー 由紀さおりさん
由紀さおりさん

世界に届け、望郷の歌
〜ブラジルで出会った「あの時代」の日本〜

 歌手、女優、タレント・・・。いく通りもの顔を持つ才能豊かな由紀さおりさん。お姉さんの安田祥子さんとはじめた童謡コンサートは今年で22年目を迎え、これまでに海外でも数多くの公演を行っています。  1998年の「のど自慢」ブラジル大会で初めてブラジルを訪れ、2004年のテレビドラマ「ハルとナツ?届かなかった手紙?」(以下「ハルとナツ」)ではブラジルへ渡った日本人移住者の女性を演じたことがきっかけで、移住者の生き様や日系人にも深い関心を持たれるようになったという由紀さんに、ブラジルロケでの思い出や、海外公演のことなどをうかがいました。

涙を引きずらない「ブラジル気質」

  これまで、海外公演でアメリカを中心に、香港、台湾、ベトナム、それにヨーロッパやオーストラリア、ブラジルにも行きました。国や地域によって置かれている状況が違うので一概には言えませんが、日本を離れ、その土地に長く暮らしている方たちにとって、日本の歌はふるさとに思いを馳せる望郷の歌として、涙なくしては聴けないという状況も多いのではないかと思います。 
  コンサートを聴きに来てくださるお客さんの反応も、国や地域によってさまざまです。たとえばブラジルでは、歌を聴いてしんみりと涙する場面があっても、次に楽しい歌がくればあっという間に手拍子に変わる。涙の余韻をあまり引きずらないんです。ものすごくカラっとしていて、そこに「ブラジル気質」みたいなものがあらわれているのかもしれないと感じました。

「のど自慢」そして、ドラマ「ハルとナツ」

 初めてブラジルに行ったのは、1998年、NHK「のど自慢」のブラジル大会でした。最近、JEROさんっていうアメリカ出身の黒人歌手が演歌を歌ってとても話題になっていますけれど、彼のような若い男の子がブラジルにはたくさんいました。JEROさんは日本語がとっても上手だけれど、ブラジルで出会った青年たちの多くは、日本語が話せない。日本語ができない若者たちが、日本の歌を上手に歌っていたのがすごく印象的でした。
  会場のサンパウロまで、アマゾンから車で何十時間もかけて来たという女性は、日本にいるおばあちゃんからもらった振り袖姿を見てもらいたいと参加して見事本選に残り、熱唱する姿が放送されました。日本の歌、日本に対する思い入れを強く感じましたね。
  初めて訪れたブラジルで、日系の方たちの存在を身近に感じ、もう一度、じっくりブラジルという国を見てみたいと思っていたんです。そうしたら、それから4年ほど経った2002年に、今度は「ハルとナツ」というやはりNHKのドラマで移住者の役を演じる機会を与えられて。ロケで再びブラジルに行くことになったときは、ものすごくご縁を感じました。

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運命に翻弄された移住者の役を演じて

ハルの家

カンピーナス東山農場内のセット、高倉家(ハルの家)の前で

 ドラマ「ハルとナツ」で私が演じたのは、広島県からブラジルに嫁いだ女性。戦後、ブラジルの日系社会では、日本が戦争に負けたことを受け入れた人たちと、敗戦を信じることができずに、負けを受け入れた人たちのことを非国民といって敵視した人たちがいたんです。ドラマでは、この両極端の2つの家族を対比させながら、移住者のブラジルでの暮らし、苦悩、日系社会の様子、そしてそのどちらもが悲劇だったという現実を描き出していました。
  人間同士の相容れないもの、宗教観や民族意識だったりするのでしょうが、これには終わりがない。悲しい歴史を幾度も経験してきたはずなのに、どうしてこんなに争わなければいけないのか。それぞれの運命を背負った人たちが、同じ時間を共有するということがどんなに難しいかということを、このドラマを通じて改めて考えさせられました。

ロケ地で知った移住者たちの苦労

 ブラジル・カンピーナス市(サンパウロ市から車でおよそ1時間半。サンパウロ州第2の都市)にある東山農場は、1927年に三菱財閥の岩崎久弥氏が購入した土地で、そこにいまも残る歴史的な建築物やコーヒー農園がドラマの舞台として使われました。コーヒー農園や綿畑での撮影では、強烈な日差しと蚊の多さに、その時代に死にものぐるいで生き抜いた日本人の苦労を思わずにはいられませんでした。
  実はこの東山農場支配人の岩崎氏は、姉の夫の親戚にあたるんです。カンピーナスでは、現地に合流した姉と一緒にコンサートもさせていただきました。東山農場を初めて訪れた姉は、話に聞いていた建物や木々がその通り残っていることをまのあたりにして、感激していました。
  コンサートの前日には、婦人会のみなさんが集まって月に1度開催しているという、「カレーライスを食べる会」にも参加。カレーには必ずお味噌汁がつくのが習わしだそうで、献立はカレーとお味噌汁、鳥の唐揚げ、コールスローサラダ、それにフェジョン(豆の煮込み)と切り干し大根、きゅうりのつけもの、福神漬けやらっきょう!までありました。私たちもいただきましたけれど、献立のミックス感覚がすごくおもしろかった。煮物やお味噌汁はまさしく日本のお袋の味で、ブラジルでも同じ味が受け継がれていることを感じました。 

父親が家を守り、母親は子供を育てる。あの時代の日本がここに

 コンサートでは、「赤とんぼ」や「ふるさと」など、みなさん一緒に歌ってくれました。子どもたちが歌ってくれた「みかんの花咲く丘」は忘れられません。いま、日本でこの曲を知っている子どもがどのくらいいるでしょう?ブラジルの子どもたちが歌う「みかんの花咲く丘」を聞いていたら、なんだか自分の子ども時代の記憶がよみがえってきて涙が出そうでした。「あぁ、あの時代の日本がまだここにはある」と・・・。
  家長である父親が家を守り、母親は子どもを育てる・・・かつては当たり前だった日本の家庭が、カンピーナスの日系社会にはそのままありました。治安の悪いブラジルでは、日常のなかに危険な場面もあるのでしょう。だからこそ父親たちには、自分が家族を守るという男の気概みたいなものをすごく感じました。

100周年をきっかけに…

現地日系人の女性たちと
通訳をしてくれた現地日系人の女性たちと

 日本にはいま、ブラジルの方たちがたくさん働きに来ています。単なる「出稼ぎ」ではなく、日本に家族を呼び寄せて定住する人たちも増えました。
  国籍や人種にかかわらず、日本で生まれ育つ子どもたちは、これからの将来、日本の力になってくれる大切な存在です。少子化が進む日本で、日本人だけでは補えない部分がたくさんある。食の自給率が極端に低い我が国だけど、そういう状況も含めてもっといろんな現実を誰もが知るべきだし、発信すべきだと思います。日本のなかで国際化が進んでいるのだから、日本という国に生まれて育つ者全員が考えていかなくちゃ。ブラジル日本人移住100周年の今年は、そのためのいい機会ではないかと思います。
  6月には、豊橋市で開催されたブラジルのイベント「ビバ!ブラジルデー!」にも出演させていただきました。これからも、歌を通じて人々が交流し、ひとつになれるようなお手伝いができれば幸せです。

由紀さおり(ゆき・さおり)
 歌手・女優

 幼少時代よりひばり児童合唱団に所属し、童謡歌手として活躍。1969年「夜明けのスキャット」でデビュー。「手紙」「恋文」等のヒット曲を持つ。バライティー、ドラマ、映画でも活躍。姉・安田祥子との童謡コンサートは国内外で公演を重ね、22年目の全国ツアー中。今年10月にはシアターアプルで、歌声喫茶を題材にした舞台「新宿・歌声喫茶の青春」に主演、来年デビュー40周年を迎える。

 
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