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第11号(2008年3月)巻頭インタビュー 小野リサさん
小野リサさん

ボサノヴァは禅の思想を持つ音楽

〜日本とブラジル、ふたつのふるさとが私の宝物〜

やわらかな歌声に誰もが癒されるボサノヴァの歌姫、
小野リサさん。ブラジルで生まれ、サンバやボサノ
ヴァを子守唄に育ったという小野リサさんが、ブラ
ジル時代の思い出やボサノヴァとの出会い、ブラジ
ル音楽の奥深さについてお話してくれました。

記憶のなかのブラジル

 サンパウロで生まれ、10歳になるまで過ごした私にとって、幼いころのブラジルの記憶といえば、まず思い浮かぶのがコーヒーとフェジョンの香りです。フェジョンというのは豆の煮込み料理で、ブラジルの主食。ブラジルの一般家庭では毎朝、圧力鍋にお豆を入れて煮ることから1日が始まります。コーヒーと、フェジョンを煮る蒸気の音や香りは、私の中の一番古いブラジルの記憶です。
農業移民や商社の駐在員などをはじめ、ブラジルにはいろんな理由で移り住んだたくさんの日本人が生活しています。私の父はもともとブラジル音楽にすごく興味を持っていて、それでサンパウロに移住してライブハウスを経営していました。だから、子どものころから私の周りには常にブラジル音楽があったのです。

10歳で日本へ…ブラジルが懐かしくてたまらなかった


サンパウロのアパート前
 5歳のころ。サンパウロのアパート前で。
  母親と妹と。

10歳のときに家族で日本に移住したのですが、それ以前には、3歳のときに1度だけ、母と日本に行ったことがあるだけでした。両親がよくリベルダージという東洋人街に日本映画を観に連れて行ってくれたのですが、上映される古い日本映画のなかの日本が、私の持っている日本のイメージ。だから、10歳で日本に行くまでは、日本ではみんな着物で生活していて、侍がいて、刀を持っていて・・・そんな国だと真剣に思っていましたね(笑)。実際の日本はまったく違っていたので、「え?」と驚きました。
日常のなかに当たり前のようにさまざまな人種の人たちがいるブラジルでの生活から一転、空港に着いた瞬間から、周りにいるのが自分と同じ日本人ばっかりだったことがとても不思議な感覚でした。ブラジルでは、いろんな国の移民の文化が混ざり合い、溶け合って生活している。そこがブラジルのおもしろさ、強さでもあり、文化的な豊かさでもあるのでしょうね。
日本で生活するようになってしばらくすると、無性にブラジルが懐かしくなりました。食べ物も環境も、そして音楽も。どうしようもなく懐かしくて、暇さえあればブラジル音楽のレコードを聴いていましたね。 幸いなことに、両親が日本でブラジル料理の店をはじめたので、週末になると日本在住のブラジル人たちがたくさん集まって、みんなで歌ったり演奏したり踊ったり・・・常にポルトガル語が飛び交う環境がそこにはありました。お店に顔を出しては、懐かしいブラジル料理を食べたりポルトガル語を話したり。そのせいで、余計にブラジルに対する懐かしさ、愛情が高まったのかもしれません。そしてそれが、現在の仕事へと自然に繋がっていったのだと思います。

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自分の音楽を見つけた!

 サンバはとてもパワフルな音楽で、声量もたくさん必要です。私自身、声量がそれほどないし、もともとエネルギッシュな音楽よりもどちらかというと控えめな音楽のほうが好きだったんです。ただ、父の店ではお客さんを楽しませて踊らせなくちゃならないということで、私もサンバを2〜3曲覚えて店で歌うようになりました。私なりに一生懸命歌っていたのだけど、正直なところ、サンバを歌うのはものすごく大変でした。
そんなある日、ホテルのラウンジの仕事で、「控えめで落ち着いた雰囲気の、それでいてお客さんを楽しませるような音楽を演奏してほしい」という依頼があって、ボサノヴァを歌ったんです。そうしたらすごく楽だった。そのときに「あぁ、自分の音楽を発見した!」って思いました。
 ブラジルでは毎年カーニバルにも参加していたし、サンバは自分が踊るときはすごく楽しくて大好きなんだけど、私の体力や声には合っていなかったんですね。

禅の思想を持つ音楽…ボサノヴァ

リオのビーチでアルバムジャケット撮影
リオのビーチでアルバムジャケット撮影

 ボサノヴァはもともと、中流階級の学生たちが作り出した都会の音楽。日本人にとても好まれていますけれど、実はブラジルでは「禅の思想をもつ音楽」って言われているんです。穏やかで感情の抑揚をあまりつけない歌い方や、シンプルだけど深くて哲学的な歌詞など、一回聞いただけで激しく心を揺さぶられるという音楽ではないけれど、「あれ?なんだろう?」という気持ちにさせられる。そうやって繰り返し聞いているうちに自然に心が癒される音楽なので、日本人にはとてもしっくりくるんじゃないかと思います。
  一方でサンバのリズムに熱狂的なファンも日本人には多いですよね。阿波踊りなどに代表される「祭り気質」みたいなものが、日本人の血の中にも流れているからだろうと思います。普段は社会の秩序や仕事のストレスのなかで生活しているけれど、ときには思いっきりストレスを発散する機会が人間には必要ですよね。1年間かけて準備をしたカーニバルも、その瞬間は心も身体も開放して自由になる。そういう開放感が、サンバにも日本の祭りにも共通する感覚なのだと思います。
 サンバやボサノヴァ以外にもブラジル音楽って本当に種類が豊富です。世界中の音楽のエッセンスがうまい具合にミックスされて、世界の縮図みたいな音楽、世界で一番豊かな音楽だと思います。

 

ふたつのふるさとが私の宝物

  ブラジルという私のバックグラウンドが、私の子どもたちの中でも何かしらのプラスになってくれると嬉しい。ブラジルには大自然の素晴らしさや、家族を大切にする素敵な心があります。ほかにもブラジルのいいところはたくさんあるので、彼らには日本とブラジルの両方から「いいとこ取り」してほしいですね。
10歳のときにブラジルから日本に来て、ブラジルの素晴らしさをいつも思いながら生活していましたが、ブラジルに行くと今度は日本の素晴らしさがすごく身にしみるようになりました。両極端のふたつの国で育ち、それぞれにすばらしいふたつの国がふるさととして存在すること、それは私にとって大切な宝物です。

移住者の蒔いた種が実るとき

  先日、日本で暮らす日系ブラジル人の方たちとお話をする機会がありました。国籍が違っても顔は同じ日本人なのだし、助け合って共存していきたい。彼らのすばらしいところは、陽気なところ、周囲の人々にエネルギーを与えてくれる明るさだと思います。ブラジル人って本当に感情が豊かですよね。すぐ歌うし、踊るし、抱き合うし、大声で笑うし、文句も言う(笑)。感情をため込まないで全部はき出せるからいいんです。人ってそうやって楽になれるのだと思う。
  ブラジルに渡った日本人がブラジル社会に溶け込んで、ブラジルの中で日本文化が受け入れられているように、日本でも彼らのいいところ、底抜けに明るいエネルギーをもらうことができれば、もっとすばらしい日本になると思う。そうすれば、日本人が100年前にブラジルに渡って蒔いた種が、本当の意味で実るのではないかと思います。

小野リサさん
小野リサ(おの・りさ)
 歌手・ミュージシャン 

  ブラジル・サンパウロ生まれ。
15歳からギターを弾きながら歌い始める。1989年にデビューし、日本中にボサノヴァを広める。ボサノヴァの神様アントニオ・カルロス・ジョビンや、ジャス・サンバの巨匠、ジョアン・ドナード等の著名なアーティストと共演しているほか、ニューヨークやブラジル、アジア各国で海外公演を行っている。

 
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