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HOME > 海外移住資料館だより > 第10号 資料探検隊 Vol.10
第10号(2007年12月)資料探検隊 Vol.10
モルフィーちゃん
南米に住む青い蝶の妖精、モルフィーちゃん。 海外移住資料館のあれこれを、みなさんと一緒にお勉強します。 どうぞよろしくね!!

のぼり

どんなときも、歌があった…
  〜海を越え、歌い継がれるニッポンの歌〜

 嬉しいとき、悲しいとき、苦しいとき、祝いのとき・・・。その心を表現するために、人は歌を歌います。特に海外で暮らす移住者・日系人にとって、日本の歌はときに魂の叫びであり、癒しであり、励ましでもありました。親から子、子から孫へと歌い継がれた日本の歌は、いまなお現地の人々の心を強く揺さぶり、輝き続けているのです。
 今回は、日本の歌が、海外の移住者・日系人にどのように愛され、歌い継がれているのかを探ってみましょう!


歌謡ショー 歌謡ショー
派手な衣装に身を包み『マツケンサンバ』を熱唱する姿に会場も大興奮!   ブラジルでレコードを出したこともあるという女性。オリジナルの衣装で『イヨマンテの夜』を熱唱した
(写真提供:ASTEL do Brasil 篠崎勝利)

日本の歌、日本のこころ

 海外各地の日系社会において、歌謡ショーや紅白歌合戦、のど自慢大会などは、運動会や演芸会などと並んで大人気のイベントでした。1世たちは、日本の歌、とりわけ演歌に込められた哀愁ただようメロディと歌詞に、故郷を思う自分自身の姿を重ね合わせたのでしょう。
  1950年代のブラジルにおける「歌合戦」「のど自慢大会」の盛況ぶりは、資料館に所蔵されている当時のプログラムからもかいま見ることができます。1955年にサンパウロの劇場「シネ・パラマウント」で開催された「第3回全伯素人歌合戦」のプログラムを見ると、2日がかりのプログラムに、子どもからお年寄りまで100人を優に超える参加者があったことがわかります。会場までは、遠方の移住地からバスをチャーターして参加するほどの熱の入れようです。
  楽団の生演奏をバックに思い思いに着飾った衣装で日本の歌を熱唱する参加者と、それを客席から応援する観客たち・・・。誰もが口ずさむことのできる日本の歌を通じてたくさんの人が集うこのようなイベントは、日本人の心や仲間意識、連帯感を確認できる場でもあったのかもしれません。

プログラム
1950年代の歌謡コンクールのプログラム(所蔵資料・提供:細川周平)
 「全伯素人歌合戦」は、その後「全伯歌謡コンクール」と名称を変えて、いまでも開催されているのよ。ブラジルでは歴史あるコンクールとして知られているんですって!
モルフィーちゃん

1970年から通算17年間ブラジルで生活した経験を持つ
資料館ボランティア、 松田潤治郎さんのお話

ボランティア

「僕がいた当時、ブラジルでカラオケ大会といえば必ず歌われるのが美空ひばりや北島三郎、森進一なんかで、やっぱり演歌が多かった。日本の歌には郷愁、哀愁といった移住者共通の思いがあるんだよね。日本の歌を歌うことが、明日への活力になっていたんじゃないかな・・・。」

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カラオケブームの到来

 日本でカラオケが誕生したのは1970年代のこと。その後、韓国、中国、アメリカ、イギリス、スペイン、イタリアなど世界的に広まり、それぞれの国で「KARAOKE」として定着しているカラオケですが、なかでも世界最大の日系社会が存在するブラジルは、その先駆けとなりました。
  70年代半ばに日本からブラジルに持ち込まれたカラオケは、「カラオケスナック」を中心に、移住者・日系人やブラジルで働く駐在員らによって広められていきます。80年代、日本のカラオケブームと並行するように、ブラジルでも楽団の生演奏をバックに歌っていた「歌謡コンクール」や「のど自慢大会」に変わって、「カラオケ大会」が大ブームとなります。その手軽さやレパートリーの豊富さ、歌い手の音域に合わせてキーが自由に調整できる便利さなども手伝って、カラオケの流行はさらに勢いを増し、85年ごろには非日系のブラジル人たちにも楽しまれるようになりました。
  日本語のできない2世や3世だけでなく、非日系人たちまでもが、日本の歌を日本語で感情たっぷりに歌う姿は、いまや珍しいものではありません。完璧に日本語の歌を歌いこなすからといって、日本語が話せるとは限りませんが、それでも彼らは、日本の歌に込められた「心」を歌いこなしているのです。

ペネイラ コーヒー豆の焙煎機
1980年代、ブラジルで発行されたカラオケ愛好家向け新聞「カラオケプレス」(所蔵資料・提供:細川周平)
  ブラジル日本人移住80周年には、当時トップアイドルとして活躍していた歌手の近藤真彦がブラジルでコンサートを行っている。そのときのポスターが掲載された「カラオケプレス」。  そのほかにも、美空ひばりや田端義夫、五木ひろし、北島三郎、西郷輝彦、森進一、小林幸子など日本人歌手多数が移住地でコンサートを行っている。

 ブラジルには、日本のようなカラオケボックスは定着していないんですって。ひとりがマイクを握って歌うというよりも、お店のお客さんが全員で大合唱しちゃうスタイルは、日本と海外のカラオケの楽しみ方の大きな違いみたいね!コンクール出場を目標に真剣に歌を勉強している人もたくさんいて、歌謡教室やカラオケ教室は大盛況なのよ!
モルフィーちゃん
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マンガ、ゲームやアニメと並んで人気のJ-POP


草刈りに使用したエンシャーダ(鍬・くわ)など(常設展示)
戦前、北米シアトルへ渡った移住者が日本から持って行ったレコード(常設展示)

 日本で生まれ、海外の若者を中心に高い人気を得ているサブ・カルチャーといえば、マンガやゲーム、アニメが有名ですが、カラオケの普及によって、J-POPもその仲間入りをしています。日本での生活経験がある若者たちが日本の最新音楽を持ち帰るほか、インターネットを通じて日本のヒットチャートが瞬時に手に入れられるようになったという時代背景もあるのでしょう。流行歌が収められた1枚のレコードを、みんなで集まってすり切れるまで聴いたというような移住初期の光景は、遠い昔のものとなりました。
  2007年9月には愛知県豊橋市で、日本在住の中南米国籍の人たちを対象に「ラティーノ・ノドジマン」が開催されています。
  歌詞の意味、そこに込められている日本の心を理解したいと日本語を学習する日系の若者や、非日系人も少なくないといいます。海外で親しまれる日本の歌が、日本そのものへの関心の入り口になっていると言えるでしょう。

モニターモニター  巻頭インタビューで登場したマルシアさんをはじめ、日本で活躍する日系人の歌手やタレントは少なくないのよ。ペルー出身で、バンド「ディアマンテス」のヴォーカル担当のアルベルト城間さん、ブラジル出身の演歌歌手、南かな子さんや、アルゼンチン出身の演歌歌手、大城バネサさんなど、若い才能も日本を舞台にがんばっているのよ!
モルフィーちゃん

「NHKのど自慢」海外大会

のど自慢
「NHKのど自慢」神戸大会で優勝した パラグアイ出身のJICA日系研修員(当時)、星あゆみさん

 「NHKのど自慢」は、1998年にブラジル日本人移住90周年を記念してサンパウロで初めて海外開催を実現したのを皮切りに、その後ペルー、ハワイ、アルゼンチン、サンフランシスコ、カナダなど海外各地の日系社会でも開催されています。
  2007年2月に兵庫県神戸市で開催された「のど自慢」では、当時、JICAの日系研修員として大阪で歯学の研修を受けていたパラグアイの星あゆみさん(2世)が坂本冬美の『あばれ太鼓』を歌って見事チャンピオンに! 日本からパラグアイに渡って苦労を重ねた祖父母の老後の楽しみのひとつが「のど自慢」を見ることだったという星さんは、子どもの頃から祖父母と一緒に「のど自慢」を見て育ったといいます。 深夜0時から生中継されたパラグアイの自宅では、家族全員がうれし涙を流しながら応援。星さんは、「優勝できたのは天国のおじいちゃんのおかげ」と受賞の喜びをコメントしました。

 
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