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第1号(2005年9月)巻頭インタビュー KONISHIKIさん

「どこにいたって自分は自分」
 〜ボクのふるさと、ハワイは日本人移民の原点〜

KONISHIKIさん

 8月29日〜31日、海外移住資料館も参加して行われた日本最大のハワイ・イベント、「ヨコハマ・ハワイイ・フェスティバル」に、ゲストとして参加したKONISHIKIさん。KONISHIKIさんのふるさとで、日本人移民の原点でもあるハワイでの暮らしぶりや、生まれ故郷を離れ、日本という異文化のなかでゼロから這い上がってきたご経験などについて、お話をうかがいました。

多民族国家、ハワイ

僕が生まれ育ったハワイでは、日本人移民、そしてその子孫の日系人たちがたくさん生活している。もちろんクラスメートにも日系人が何人もいたよ。隣に住んでいるのは「ヤマワキ」という日系のファミリーだったし、もう片方の隣はフィリピン系移民の家族。ハワイにはいろんな民族が暮らしているから、こんなのは何も特別なことじゃないんだ。それぞれの家族は当然のように自分のルーツとなる国の文化を受け継いで暮らしているよ。名前を聞けば、その人のルーツがもともとどこの国にあるのか、だいたいはわかる。だから、お互いにわざわざそれを問いただすようなこともないし、自分と異なる文化に対して、不思議に思ったり特別視したりする必要もない。それがハワイなんだ。
  温暖な気候や地形、島としてのほどよい大きさなんかが、さまざまな民族をミックスさせてうまく暮らしていくのにちょうどよかったのかもしれない。僕はそんなふるさと、ハワイのことが本当に大好きなんだ。

「受け入れる」ということ

  大好きなハワイから日本に来て、大相撲という特別な世界に入ったけれど、日本語をマスターする以外は特に苦労を感じたことはなかったよ。もちろん稽古は厳しかったけれど、それはどのスポーツの世界でも当たり前のことで、異文化の苦労とは違う。「異文化」っていうとなんだかとても堅苦しく聞こえるけれど、難しく考える必要ないと僕は思ってるんだ。自分と異なる習慣や考え方を受け入れることができるのか、できないのか。それだけのことだからね。好きとか嫌いとかはもちろんあるだろうけれど、それはたいして重要なことじゃない。僕の場合は「相撲で強くなる」という目標があって日本に来たわけだから、そこにある状況を受け入れなければ這い上がっていけないのであれば、黙ってそれを受け入れるだけ。先輩後輩の上下関係とか、本音と建前の使い分けとか、ちょっと理解できなくて疑問に思うことがあったとしても、受け入れるためにはあまり深く考えないことなんだ。
  僕のこういう考え方は、もしかしたらハワイアン特有のアロハ気質なのかもしれない。でも、肩に力を入れてがんばりすぎるよりも、いい感じに力を抜いて割り切ったほうがうまくいく。こういう性格だから、僕は日本だろうが世界中のどこの場所だろうが、きっと異文化で苦労するなんてことはないと思う。どこにいたって自分は自分。それだけは変わらないからね。

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「可能性」と「チャンス」をくれた日本

  相撲はいま、世界に「日本」の伝統をしっかりと表現することのできる唯一のスポーツじゃないかな。柔道も空手もいまやとてもインターナショナルなスポーツになっていて、相撲ほどに「日本」を象徴していない。でも、世界のどこに行っても間違いなく「相撲」イコール「日本」なんだ。これは面白いし誇りに思うべきだと僕は思う。
  相撲を通じて日本に来たことによって、僕はさまざまな人との出会いやチャンスを与えられた。僕にとって日本は「可能性」と「チャンス」をくれた場所。日本に来なければ今の自分がなかったかと思うと、不思議な運命を感じるね。

リゾート「ハワイ」の現実

  いま、一番の関心事は子どもたちのこと。ハワイというと、のんびりして楽しいビーチリゾートのイメージしかないと思うけれど、僕のホームタウンでは、貧しくてろくに学校に行くことのできない子どもたちがたくさんいる。ボロボロのシャツを着て裸足で歩く子どもなんて、ちっとも珍しくないんだよ。小さいうちから家計を助けるために働いて、生まれ育った町から出たこともない。目を輝かせて夢を語ることを知らない。そういう子どもたちに広い視野を持つことを教え、勉強の機会を与えて、将来の夢を生き生きと描いてもらいたいんだ。そして貧困から抜け出した子どもたちが今度はまた次世代の子どもたちの手助けをする・・・。そんな未来が実現することを思い描いている。
  1996年に立ち上げた「Konishiki Kid’s」というプロジェクトでは、毎年ハワイの子どもたちを日本に招待して日本の子どもたちと交流させているんだけれど、異文化を体験するなかで、家族の大切さや大きな夢を持つことを、ハワイの子どもたちにも学んでほしいと願っているんだ。
  日本の子どもたちはモノに恵まれた豊かな生活をしているけれど、僕のホームタウンの子どもたちは、貧しいけれど心の豊かさを持っている。そのことは僕の誇りだよ。

子どもたちに夢を!

  いま、日本には南米の国々から日本人移住者の子どもや孫たちがたくさんやってきて生活しているよね。言葉はもちろんのこと、生活習慣の違い、考え方の違いなどでドロップアウトしてしまう子どもたちがたくさんいることも知っている。でもね、彼らには「ありのままの自分であることに誇りを持って生きろ」と伝えたい。無理に日本の枠にはまろうとせずに、ラテンの熱い情熱で精一杯輝いてほしいよ。それにはやっぱり夢や目標がものすごく大切で、それさえ持っていればあとはどんな状況も切り抜けていける。難しく考えて自分を見失わずに、自分は自分と割り切って、必要に応じて日本のやり方を受け入れていけばいいんだよ。ダメなものはダメ、ムリすることはない。でも、夢や目標があれば、いろんな状況を受け入れて乗り越えていくことができるからね。
  「どこにいても自分は自分」それを忘れずにがんばってほしいね。

KONISHIKIさん
KONISHIKI

1963年、米国ハワイ州オアフ島出身。1982年に、元関脇の高見山(現東関親方)にスカウトされて高砂部屋に入門。1989年には大関として初優勝を飾る。94年、小錦八十吉として日本に帰化。97年に引退し、現在はタレント、アーティストとして幅広く活躍している。水道橋で「ハワイアン」「寿司」「ちゃんこ」をテーマにした飲食店「あんばらんす」を経営。店内で開催されるライブにも定期的に出演中。


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