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公開講座「日本人と海外移住」
   

第8回「満洲への植民」蘭信三(上智大学教授)

 
   

第8回概要
1945年8月、「満洲」には約200万を超える日本人が居住しており、在外日本人としては最大の規模でした。何故かくも多くの日本人が満洲に渡ったのでしょうか、「満洲」で彼らはどのように暮らし、内地に引揚げ後、そして戦後の中国残留においてどのように生き抜いたのでしょうか。他方、「満洲」は日本社会だけでなく、朝鮮、ロシア、東欧にとっても独特の存在でした。華北の漢人は20世紀前半に4千万人もが「満洲」に移住し、朝鮮半島からも200万人を超える人たちが移住し、白系ロシア人・東欧の人びとも居住していました。それに、北米の日本人移民が「満洲開発」に関わっていましたし、台湾人も満洲に移住していました。このような多様な文脈にある「満洲」で日本人はどう生き、「五族協和」はどのような状態だったのでしょうか。世界のなかの「満洲」という文脈でとらえ直すことで、日本社会にとっての「満洲への植民」、「満洲」の意味を考察していきます。

第8回のレジメ(PDF形式)はこちらからダウンロードできます。

第8回報告
 はじめに、蘭先生の研究テーマである満洲がグローバルな地であり、30年ほどの研究期間をへても終わることのない壮大なテーマであることが言及され、満洲についてこれまでどのような先行研究があるのか解説があった。
 満洲をはじめ、当時の日本の植民地および勢力圏へ移動した日本人数は相当数にのぼったこと、戦争によって大きく価値観が変わり、移民の経験に大きな影響を与えたことが説明された。
 満洲は50年間で約4000万人の人口増がみられ、そのほとんどが華北から移り住んだ漢人であったこと、日本から約200万人が、朝鮮半島からも約200万人が移り住んだことが説明された。
 満洲への人の移動についての歴史的な解説の後、満洲での生活がどのようなものだったのか説明が続いた。多くの日本人は都市部に暮らし、農業移民は17%であったこと、都市部に暮らしていた日本人は、ほとんどが国策会社関連の仕事に従事し、豊かな生活を送っていたことが説明された。海外への移民と植民地への移民の比較、さらに日本による植民地支配とヨーロッパによる植民地支配の違いについても解説があった。
 それから、満州国の建国と満洲移民事業についての説明に続いた。満洲が多様であったこと、インフラが整備され近代化が促進されたことなど、満州国建国の様子とともに、なぜ農業移民が満洲に送られたのか解説があった。加えて、開拓団として送られた人々がどのような生活を送っていたのか説明された。
 当初徴兵免除とされていた満洲移民が、総力戦体制となり動員されたことや、終戦後の非常に混沌とした状況についての解説が続いた。開拓団は開拓地から追われ都市に逃れる途中で壮絶な悲劇を経験し、開拓団のおよそ3割が死亡したこと、さらに、引き揚げた人々が満洲へのノスタルジーを抱く一方、残留した人々が満洲国のスティグマを背負い続けて生きなければならなかったことが説明された。引き揚げ後の人々の状況、帰国者が日本へ定住する過程についても言及された。
 最後に、満洲が日本と中国との関係だけではなく、朝鮮半島、ソ連を含めた世界の歴史のなかにあること、日本のナショナル・ヒストリーの枠組みを越え、世界のなかの満洲という視点が重要であることが確認された。活発な質疑応答もあり、盛況のうちに講座が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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