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独立行政法人 国際協力機構 JICA横浜


 

 

公開講座「日本人と海外移住」
   

第2回「ハワイへの移民」白水繁彦(駒澤大学教授)

 
     
     
   

第2回概要
 第2回講義ではハワイへ渡った日本人移民とその子孫たちをとりあげます。キャプテン・クックがハワイを「発見」してから、ハワイがどのようになったのか、そのハワイに、どのような経緯で日本人が移民したのか、そして、どのような生活をしていたのかを解説します。さらに、第二次世界大戦を経て現在までのハワイの日系人の歴史をたどります。「太平洋の楽園」の意味するところや、ハワイ最大のエスニック・イベントであるオキナワン・フェスティバルなどについてもふれながら、ハワイ社会の特徴とそこに住む日系人について共に考えます。

 
   

第2回のレジメ(PDF形式)はこちらからダウンロードできます。

第2回報告
まず司会の日本移民学会森本会長より、これまでハワイでの研究に従事されてきた白水先生のご経歴が紹介され、白水先生のご講義が始まった。

まず、ハワイ観光などから想起される一般的なハワイのイメージについて導入として説明があり、そのハワイ地誌についての話が続けられた。 ハワイ先住の人々の由来や、ヨーロッパ人がハワイおよび先住の人々を「発見」した歴史、またヨーロッパに「発見」される以前のハワイの人々の生活(衣類、食事、住居、芸能、装飾品)について、カメハメハ大王によるハワイ統治、などについて紹介された。

その後、キャプテン・クックによるハワイ「発見」の経緯、カメハメハ大王について、キャプテン・クック以降、ハワイにもたらされた生活の変化、とくに信仰において大きな影響があり、キリスト教布教がおこなわれた様子が述べられた。

そのようなハワイで、捕鯨からサトウキビやパイナップルなどの換金作物、軍事、観光産業へと現在までの主要産業の変遷があった。

ハワイ米国併合前、サトウキビプランテーションでの労働力不足に悩んでいたハワイ王国が明治政府へ日本からの労働者を要請、広島県や山口県から多くの人々が移民したこと、その後、写真花嫁として多くの女性がハワイへ渡ったことなど、歴史をみていくと移民のプッシュ・プル要因があった。

米国によるハワイ併合以降、ハワイにおける米国本土の影響が強くなり、黄禍論の高まり、1908年日米紳士協定へと続く。

当時の日本人移民のプランテーションでの生活、居住地の様子などが写真にて紹介された。たとえばプランテーションを離れ自営業主となる日本人、多くの日本語新聞の発行、ハワイ生まれの2世の生活について紹介された。

歴史に戻り、日本による真珠湾攻撃後、米国本土の日本人が収容所へ送られたこと、収容所で送った生活の様子などが説明された。一方、日本人の人口比率がかなり高かったハワイでは、日本人の大多数が収容されなかった。

ハワイ出身の日本人2世の多くが欧州戦線へ志願し、大勢が犠牲となったが、その勇敢さが讃えられ日本人移民が米国社会の表舞台へ出ていくことにつながった。 戦後ハワイでは日系政治家が誕生し州政治、国政へと参入。

最後に、現代のハワイの日系人がどのような文化をもった人々といえるのかが説明され講義は終了。

質疑応答では広島、山口、沖縄からの移民が多かった理由、初期移民の査証について、現代ハワイの異なるエスニシティ間の格差についての質問があり、それぞれについて丁寧な回答があった。

 
       











 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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