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HOME > 企画展・催し物(2005年度) > 平生釟三郎展

平生釟三郎ひらおはちさぶろう 展 
〜教育・福祉・医療に尽くした、ブラジル移住者の大恩人〜

当展示は無事終了いたしました。
たくさんのご来場、誠にありがとうございました。

平生釟三郎 ブラジル訪問経済使節団の秩父丸船上での記念撮影
平生釟三郎   ブラジル訪問経済使節団の秩父丸船上での記念撮影。前列中央が平生団長、その左がすず夫人。

展示概要

 平生釟三郎は、慶応、明治、大正、昭和の時代を生き、第2の故郷に選んだ神戸で東京海上保険や川崎造船所を再建するなど実業家として活躍しました。甲南学園や甲南病院を創設するなど教育、医療、福祉の分野や生協の誕生にまで足跡を残し、第2次大戦末期には文部大臣も務めていますが、ブラジル移住とのかかわりについては、あまり知られていません。
  神戸は、ここ横浜とともに移住者の送り出しの基地となっていましたが、釟三郎が活躍した大正、昭和の初期は、戦前移住の最盛期と重なります。移住者を身近に見てきた釟三郎は、ある事件に心を痛めます。昭和9年(1934年)にブラジルが、各国から受け入れる移民の入国数をそれまでに定着した移民の2パーセントに制限する「2分制限法」を制定したのです。
 当時、海外移住組合連合会の2代目会長だった釟三郎は、実業家ならではの発想でこのピンチを切り抜けようとしました。ブラジルの綿花を輸入し、貿易によって経済に貢献することでブラジル移住への道が閉ざされないようにしようと考えたのです。こうして訪伯経済使節団が海を渡ったのが昭和10年(1935年)のことでした。
 当展示では日本とブラジル、交流100年の歴史の中での釟三郎をとらえるため、ブラジル移民の歴史からはじまり、当時の時代背景や、両国を取り巻く世界情勢なども紹介します。
 また、現在も神戸に残り、国立海外日系人会館として保存運動が展開されている旧神戸移住センターの模様も展示します。
 なお、本展示は、2005年11月1日から2006年1月30日まで、旧神戸移住センター資料室にてされた同展示(主催:財団法人日伯協会、学校法人甲南学園、国立海外日系人会館推進委員会)を、主催者の協力を得て当館にて開催するものです。

展示構成

第1章 ブラジル移住はじまる

日本とブラジル友好のきっかけから、コーヒー農園で働く移住者たちの生活、そして戦後の混乱を超えてブラジル社会に溶け込んでいった日本人移住者の様子を、当時の写真とともに紹介します。

第2章 平生経済使節団ブラジルへ

ブラジルで「2分制限法」が制定されたことによってショックを受けた当時の社会情勢と、平生経済使節団の出発の背景などを、当時の新聞記事などとともに紹介します。

第3章 友好呼んだ民間経済外交

ブラジルのヴァルガス大統領をはじめ最大級の歓迎を受けた平生経済使節団の歴史的な成果や、使節団の詳細な日程などを紹介します。

第4章 明日の輝きを求めて

平生が訪れたブラジルの今の姿、そして21世紀の日本とブラジルとの関係、そして両国に建つ移住記念碑像と旧神戸移住センターを紹介します。

平生ブラジル訪問経済使節団の航跡
平生ブラジル訪問経済使節団の航跡

INFORMATION

開催期間

2006年3月28日(火)から4月16日(日)

開館時間

10:00〜18:00(海外移住資料館への入館は17:30まで)

場所

JICA横浜(赤レンガ国際館) 2階展示スペース
アクセスはこちら

入場料

無料

主催

JICA横浜 海外移住資料館

協力

財団法人日伯協会、学校法人甲南学園、国立海外日系人会館推進委員会

常設展示

平常通り開館


ヴァルガス大統領(左から3人目)に謁見した
平生団長(左から5人目)。1935年5月17日
  農業省訪問が終わり、多くの人に見送られて
玄関を出る平生団長(前列左から3人目)
 
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