80周年記念に寄せて  
アマゾン日本人移民80周年祭典委員会  
委員長 生田勇治

 

 昨年度のブラジル日本人移民100周年祭、そして本年度のアマゾン日本人移民80周年祭と2年続けての大きな記念祭典挙行に、進行役の一人としてめぐり合わせた事に対し心から 感謝致すものです。
  今回の80周年祭は、恐らく1世移民の世代が事業に参画できる最後の記念祭と成る事でしょう。戦後のアマゾン移民は、1950年代の初めから行われすでに50年の歳月が経過しています。
 戦後の混乱期に、過酷な条件のアマゾン地方に送り込まれた日本人移民たちの開拓人生には 筆舌に尽くせない物がありました。 私自身も少年時代、アマゾン河の中流地帯フォードのゴム園跡に家族とともに入植し、ゴム液の採取に従事した貴重な体験を持つものです。日本から入植直後に、移民たちはゴム園を追われ見知らぬ土地で一家が路頭に迷った事をよく記憶しています。 あの当時、日本国の敗戦の混乱をそのまま反映したようなアマゾン移民の送出だったといえましょう。
  また、戦前の移民は1929年に始まりましたがこれまたマラリアの容赦ない攻撃で多くの尊い生命が失われています。  これまでに、外国人移民の挑戦を受け入れなかったアマゾンの熱帯雨林を舞台に、日本人移民が繰り広げてきた80年の壮絶な開拓物語は、1世移民の消滅とともにやがて風化してゆく運命かもしれません。
  しかし、このアマゾンの地に日本人移民が築き上げてきた有形無形の財産は子々孫々へと受け継がれて行きそしてまた、これら移民の子孫たちによる新たな物語がこの熱帯の大地で紡がれて行く事でしょう。
  アマゾンの日系人、日系社会は今後益々発展し、地域社会に更なる貢献と大いなる役割を果たして行く事は間違いありません。皆様方には、今後ともアマゾンの日系社会を暖かく見守って頂きたいと心からお願い申し上げるものです。

2009年8月